アトランティス帝国

(BC18万2233年-BC7828年8月12日)

公開日: 2018年5月16日水曜日

 大西洋にあるバミューダ諸島は、アトランティスの時代に最大島であったポセイディアの西端に位置していました。そして、アゾレス諸島は、2番目に大きな島であったオグの一部でした。
 神はアトランティス帝国の島々をBC7828年8月12日に海に沈められるときに、霊域が高いバミューダ諸島とアゾレス諸島だけは残されました。
 私の姉である観世音菩薩様はアトランティス帝国の守護神もされていましたので、当時から2016年末までバミューダ諸島に立っておられました。
 一方、私はスペインとポルトガルという国ができるずっと以前からイベリア半島の守護神もしていましたので、アトランティスの時代も霊域が高いカナリア諸島のグランカナリア島に立っていました。
 ポセイドン(本名・シニコホ)は、BC18万2290年頃ギリシャに生まれた。彼は17歳のときにギリシャ軍の傭兵となり、幾多の戦争で手柄をたてた後、23歳のときに辞めた。このときに彼は傭兵隊長から褒美として莫大なお金と全長20メートルの船を一艘と自分の好きな島を一つもらった。
 彼は家族と相談した結果、ジブラルタル海峡の西方にあるキノケリの一番大きな島をもらうことにした。
 数日後に、シニコホは姉夫婦と共に船に乗ってギリシャの港を出て行った。しかし、彼がギリシャに帰ってくることは二度となかった。
 3人は5日後にサルディニア島に着いて、島民からキノケリのことを聞き、1日休憩した後、島を離れた。そして、彼らはジブラルタル海峡を通って西へ航行した。
 私はそのとき彼らが右手にあるジブラルタルの岩を見上げながら通っていく様子をカナリア諸島から見ていました。
 彼らはその11日後に、ある小さな島に着いた。この島にはクレイトという17歳の女性と彼女の両親が住んでいた。シニコホはすぐクレイトと結婚して、自分の名前をポセイドンに改めた。
 それから3か月過ぎたときに、姉夫婦が西方にきれいな島があるから行ってみたいと言ったので、ポセイドンとクレイトは姉夫婦と共に船に乗ってその島へ行った。その島は気候が良くてきれいな花が咲き乱れていたので、ポセイドンとクレイトはそこに住むことにした。姉夫婦はそのことを両親に話すために一旦ギリシャに帰った。
 姉夫婦がギリシャに帰って島の様子を話すと、自分も行ってみたいという人が出てきた。
 2か月後に、姉夫婦はいろいろな道具を船に載せ、80名のギリシャ人(女性は15名)と共に12艘の船に乗って再び島にやってきた。
 ギリシャ人たちはポセイドンから島の様子を聞いた後、25日間島に滞在してギリシャに帰って行った。
 それからさらに4か月が過ぎたときに、160名のギリシャ人(女性は24名)が26艘の船に乗って再び島にやってきた。彼らは1か月間島に滞在した後、8組の夫婦を残してギリシャに帰って行った。その後も大勢のギリシャ人が島に移住してきたので、3年が経ったころにはその数は6千人以上になっていた。
 ところが、ギリシャ人たちが寝静まったある日の夜に、キノケリの人々に襲われて、ほとんどのギリシャ人が殺されてしまった。
 生き残った人は、ポセイドンとクレイトと4人の女性だけだった。しかし、女性たちはほかの小さな島に連れ去られて奴隷にされた。
 それにもかかわらず姉夫婦や大勢のギリシャ人が島にやってきたので、再びギリシャ人の数は増え始めた。
 この事件の2年後に、ポセイドンとクレイトの間に5組の双子の男児が生まれた。ポセイドンは長子にアトラスと名付けた。
 アトラスは14歳のときに、ポセイドンからアメリカの様子を見て来てほしいと頼まれた。
 アトラスは現在のアメリカ合衆国のアラバマ州の洞窟に2か月住んだ後、家に帰った。
 アトラスが、アメリカは気候が温暖で風光明媚な土地であるが、人間は誰も住んでいないと言ったので、ポセイドン一家と姉夫婦はアメリカに移住した。
 アトラスは17歳になるまで家族と一緒に洞窟で暮らした後、キノケリの最大島であったキキ(後のポセイディア)の町に30坪位の宝石店を出した。他の兄弟たちも皆この店で働いた。
 しかし、ポセイドンとクレイトと姉夫婦はキノケリの2番目に大きな島であったオグに移住した。なぜなら、この島には当時誰も住んでおらず、また、人の背丈程もあるオグという草が島中に生えていたので、身を隠しやすかったからである。
 島名もこのオグから付けられた。
 彼らはお互いの島を瞬間移動して訪問した。
 しかし、アトラスが23歳のときにポセイドンが病死した。母親のクレイトとポセイドンの姉夫婦は死ぬまでオグに住んだ。
 アトラスは24歳のときには町1番の金持ちになっていた。
 彼が31歳のときに、キノケリの支配者が死んだ。しかし、後継者はいなかった。
 3年後に、金持ちで頭が良いアトラスが王に選ばれた。
 このときに、アトラスの兄弟全員がアトラスの宝石店で車座になって会議を開いた。この席で、9番目の弟が次のように言った。
「アトラスが初代の王になったことから、彼の名前にちなんで島全体と周囲の海をアトランティス(アトラスが初代の王という意味)と呼ぶことにしよう。
 そして、最大島と首都は、父親であるポセイドンの名前にちなんでポセイディア(ポセイドンは父親という意味)と呼ぶことにしよう。」
 アトラスが初代の王に就任した直後に、神はポセイディアに直径10kmの環状都市を一瞬にして作られた。
 一方、アトラスの兄弟全員は国王就任の報告をするために、キノケリを植民地にしていたムー帝国の国王に瞬間移動してあいさつに行った。
 このとき彼らは国王への贈り物としてオリハルコンと金と銀と宝石などを持って行った。
 ムー帝国の国王ラ・ムーは、代々身長が3mもある大男で肌の浅黒い人であった。彼らはこの王の前にひざまずいて、自分たちの母親はキノケリ人で父親はギリシャ人であるということや、アトランティス帝国という国名にした経緯などを述べた。
 するとラ・ムーは、キノケリと同様にこれからもムー帝国の植民地であり続けるならば、そのようにしてもよいと言った。
 これをアトラスが了承したので、ここにアトランティス帝国が成立した。
「ところで、宮殿はもう決まったのか?」とラ・ムーが言った。アトラスが「いいえ、まだです。」と答えると、ラ・ムーが「それでは、キノケリの国王たちが住んでいた南アメリカの宮殿に住んでもいい。」と言った。アトラスが「そのようにさせていただければ大変有り難いことです。どうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」と言った。
 アトラスの兄弟達はラ・ムーに礼を述べた後、ブラジルのレシフェにある宮殿に行った。この宮殿は、ムー帝国の宮殿を3分の1に縮小した大きさであった。外壁は真っ黒で窓はなかったが、内部はすべて銀張りになっていた。アトラスたちは初めて宮殿の中に入ったときに、あまりの美しさに目を奪われた。アトラスが国王に即位したときには、宮殿の最上階の王の間で祝宴が1か月間催された。このときに、ムー帝国の国王ラ・ムーも招待された。
(※実は、この宮殿とよく似た建物が私の地元にある。それは、八代市にある某マンションである。当時の宮殿の外観や構造や規模などは、このマンションにそっくりである。)



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